the RECORDS

築36年のビジネスホテルを『公園との一体感』と『地域の活性化』を図り、複合商業施設へとコンバージョン

寺島敏貴(株)シロアナ

the RECORDS

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

JR千葉駅から徒歩圏かつ大型都市公園に隣接するにも関わらず、その価値を埋もれさせてきた築35年のビジネスホテルを『公園との一体感』と『地域の活性化』を図り、1・2・5Fが店舗、3・4Fがオフィスである複合商業施設へコンバージョンする計画。ビルオーナーでもありオフィスに入居する地域のデベロッパーが、新たな目的を帯びた施設へと再構築したプロジェクトである。

街の価値は街で暮らす人々がつくるもの、という考えのもとに、1・2Fのユーザーは老若男女、すべての層を想定、それぞれが好きに行き交うことができるフロアとした。最上階には、千葉エリアでビジネスの交流の場が皆無で空洞化している地元のビジネスの活性化の場、さながら「現代の料亭」を創出。この街の価値の新しい記録となりたいと考え「街の記憶を刻みながらも、日々、最高の記憶を更新していく場所」という想いのもとに「the RECORDS」と命名した。

公園に隣接しているにも関わらず、既存建物の1Fは駐車場であり、公園に面したテラスも単なる設備置場であった。また、客室などの公園側の窓面も小さく、動線的にも視覚的にも公園や街へ開いた建物とは言いがたかった。そこで、駐車場やテラスを客席へ、公園側に大きな窓を設けることで公園と密接な建物へのコンバージョンを計画。1Fからの人の滲み出し、公園との動線の連携、テラスと公園の心理的・視覚的繋がりなどは地域活性化にも繋がると考えた。容積率の緩和対象である駐車場を店舗としたことにより他部分にて減床面積の必要があるが、それを逆手にとり階高の低い既存建物に開放感を与え、階ごとの繋がりを創出する大きな吹き抜けを各階に設けた。1・2Fの客席は舞台性を持ち得ることになり各種イベントにも役立っている。3Fには東側に、4Fには逆側に吹き抜けを設けることで、それぞれの階が吹き抜けを介したシームレスな空間となり非常に開放的なオフィスとなった。

建築、各店舗ごとの内装・家具、サイン、屋上や2Fテラスを含むランドスケープデザイン、カラーコーディネートを各フロアごとに多様性はありながらも、すべてにトーン&マナーを統一、同一チームにてデザインを施した。ロゴデザインは、「記憶の蓄積と記録の塗り替え」をイメージし、文字と帯を3枚重ねたデザインとした。特に階段室の縦長の壁面には大胆に高さ8mの巨大ネオンのロゴサインをあしらった。昼も夜もルーフトップバーの背景として非常に雰囲気のあるシンボルサインである。各種サインやピクトグラムにおいても帯と文字を重ねる考え方などのトンマナを統一し製作。さらに各階には既存のフロアマップに半透明のアクリルで上書きしたようなマップサインを、建物の正面にはもともと屋上にあったボイラータンクにロゴとフロアマップを施しシンボルとして配置し、樹齢300年のオリーブを植栽。これまでの歴史をさらに積み重ね、更新していくイメージを創出している。

1:元々の外観 北側及び東側
2:元々駐車場だった1F
3:公園側にも関わらず、単なる設備置場だった2Fテラス
4:ビジネスホテルが故に各部屋が狭く、RC造の間仕切り壁の多い客室フロア

Question01

サスティナブル賞を受賞された方はそのこだわりを語ってください。

計画地の建物は元ビジネスホテルで、RC造の間仕切壁も多く再生させるのは障害が多いため、経済原理に則すれば取り壊して新築ビルを建設することがセオリーかと思われる。しかし、景気の良かった頃の日本の古いビルというのは、一見何でも無く見えても質の良い建物ではあり、都市のストックであると考える。まずは、クライアントと共に構造や設備の状態も含め、時間と手間を掛け建物の状態をチェックした。その上で、クライアントは最終的に、例え新築することと同等、あるいはそれ以上のコストがかかったとしても、その構造躯体を活かしながら再構築し、新たな目的を帯びた施設へと再生させ、その結果を地域に示すことが地域活性化にも繋がり都市の活性化に繋がるという判断に至った。それは街がすでに持っている価値やポテンシャルの再開発ともいえるのはないだろうか。

Question02

受賞作品の最後のピース(ジグソーパズルを仕上げるに例えて)はどこでしたか?

建築、内装、家具、ランドスケープ、サイン、全てに気を配り拘ったので、全てが重要なピースだったと言えます。ただ、強いて言えば、工事工程のクライマックスにて公園との接点の小さな広場に、元々屋上に設置してあったボイラータンクを配置しました。そこに、ロゴとフロアマップを記し、プランターとして樹齢300年のオリーブを植えた際は、建物全体の軸が決まった感じが非常にしました。

Question03

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?

現場へ行く度に違う何かが出来ていて、それを実際に見て確認することです。一度に全てが出来上がるのではなく、少しづつ少しづつ完成に近づいていくのが逆に楽しみです。

Question04

空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

やり直しが簡単にきかないことです。何かを修正するには時間もコストもかかり、クライアントに迷惑を掛けてしまいます。ただ、だからといって無難な選択肢ばかりを選んでいては良い仕事とは言えません。そこが一番難しいことではないでしょうか。

Question05

クライアントとのやり取りで印象的に残っている言葉や事はありますか?

クライアントとは土地建物の購入検討の段階から何度も何度もお話しさせて頂いているので、印象的な場面はたくさんありますが、前述のように、この古いビルを残しクライアントと共に地域住民の楽しめる施設をつくりあげることが決まった瞬間でしょうか。

Question06

受賞作品においてコロナの影響はありましたか?

大きくはありませんでしたが、やはりオンライン会議が増えました。一方、コンバージョンの現場ということもあり、実際の現場確認を頻繁に行わないというのは難しいので、オンラインとオフラインの打ち合わせのバランスには大変苦労しました。

Question07

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

カッコ良いとか悪いとかいうこと以前の、携わるメンバーが特に深い考えも無しに無難な選択肢を重ねた風景づくりは嫌です。そういう場が少なくなると良いな、と考え仕事を行なっています。

Question08

空間デザインの多様性について一言

かつてモダニズムが目指したかもしれない、カッコ良いデザインの規格統一された”夢の街”も妄想しますが、前述したクライアント、デザイナー、ユーザーがしっかり考えた結果の多様性なら皆が楽しいし、そうあるべきだと思います。

Question09

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

今後は、AIによる自動設計、デザインコンセプトや議事録の作成、3Dモデリングした部材や3Dプリンターによる繋ぎ目の無い一体化された建物と短縮された工事工程、モノが減ることによる収納家具の不要など、これまで以上にデザインの手法とアウトプットが凄い速さで変わることかと思います。軽やかにそれを使いこなして、機能的でカッコ良い空間をたくさんお願いします。

PROFILE

寺島敏貴

寺島敏貴

(株)シロアナ

1974年福岡県生まれ。
大阪府立大学大学院修了。
設計事務所、総合デベロッパー、ライフスタイルブランド・IDEEの企画部長を経て、2014年 株式会社シロアナを設立。現・代表取締役。CIやサイン計画からインテリア、建築、ランドスケープデザインまで幅広い範囲のデザインディレクターを務めている。
グッドデザイン賞 2020ベスト100、
千葉市都市文化賞2020 グランプリ、
日本空間デザイン賞2023銀賞及びサスティナブルデザイン賞
など、受賞多数。
https://siloana.com/