時計の捨象
時計が時計であることを忘れたとき、彼らの振る舞いを時を忘れてながめる空間
武井祥平 / 杉原寛 / 藤井樹里nomena
応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください
セイコーのメトロノームウォッチと音声時計という卓越した技術の製品を用いて作ったインスタレーション作品空間です。時計の内部機構を初めて手で触れた時に感じた、小さな生き物のような健気な生命感をインスピレーションに、「時間を刻む」という時計の本分とも言える特徴をあえて捨て、そのときに彼らに残るたたずまいや振る舞いを想像することで、そこからセイコーのものづくりに対する姿勢や哲学が見えてくるのではないかと考えました。
制作したのは時計の捨象#01#02#03の3作品からなる空間です。時計の針にフィンをつけ水の上を泳がせる、針に光学フィルムを取り付けて色彩の変化を描かせる、光の雫に合わせて音声時計に雨粒の歌を歌わせるなど、身近な存在である時計たちの見たことのない振る舞いが感じられる空間を作りました。
制作で意識したのはセイコーの時計が持つ緻密で繊細な存在感を活かした、自然をながめているかのような、いつまでも見ていたくなる空間です。
Watches That Forgot Their Role 撮影:村瀬健一
Question01
受賞作品の最後のピース(ジグソーパズルを仕上げるに例えて)はどこでしたか?
作品を設置し空間が完成した後、最後に動作プログラムの調整を行いました。#01はいつまでも眺めていたくなるように、一匹ずつ個性の異なる動きを与え、それらが水面で交わることで自然な揺らぎが生じるようにしました。#02は見た人の目を引くように、キャンバスに落ちる色彩のダイナミックな変化と動きのバリエーションを与えました。#03は空間に合わせて音楽家の方に即興的に音を当ててもらいました。自分たち自身が完成した空間に身を置き、見る人の気持ちになって調整を重ねることでより完成度の高い作品になったと思います。
Question02
空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?
出来上がった作品や展示空間を楽しんでくださっているお客様を見ること、また彼らと作品について話をすることです。深い共感を得られることもあれば、思いがけない新しい気づきを得られることもあります。
Question03
空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?
特にありません。
Question04
クライアントとのやり取りで印象的に残っている言葉や事はありますか?
クライアントであり時計づくりのプロフェッショナルであるセイコーが企画や開発の段階から一番面白がって技術的にも積極的に支援してくださったことが印象に残っています。普段時計を作っている彼らだからこそ、時計が「時間を刻む」のではない全く異なる振る舞いをすることに意外性を感じ面白がってくれたのだと思います。
Question05
受賞作品においてコロナの影響はありましたか?
特にありません。
Question06
空間デザインで社会に伝えたいコトは?
空間デザインは、単なる表層的な装飾ではなく、人間の幸福の根本に関わっています。例えば、大切な人と過ごせる時間があとわずかしかないときに、どんな空間で過ごしたいと思うか。私たちの心の豊かさは、空間の在り方によって大きく変わってくると思います。
Question07
空間デザインの多様性について一言
空間演出の技法という観点では、新しくオープンする様々な施設で割と同じような印象を持つことがあり、多様性はそこまで高くないように感じています。
Question08
空間デザイナーを目指す人へのメッセージ
私たち自身の専門はデザインというより、どちらかというとエンジニアリングです。エンジニアの立場から、デザインといった「表現すること」に対して興味と憧れを抱いてきました。いわゆるデザイナーではなくとも、デザインや表現の領域に貢献することができるということを、私たちの活動を通して伝えられたらと思います。
PROFILE
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武井祥平 / 杉原寛 / 藤井樹里
nomena
左:武井祥平
1984年岐阜県生まれ。
高専で電気工学、大学で認知心理学を専攻。
2006–2010年(株)丹青社。
2012年東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程修了。同年、nomena設立。
工学的な発想から生み出される独自の空間表現が、さまざまな分野から評価されている。気鋭のアーティストやデザイナーとの共同制作におけるテクニカルディレクションも数多く手がける。
受賞歴に、東京大学総長賞(2012)、東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト公募展グランプリ(2012)、Pen CREATOR AWARD(2021) 他。
中央:杉原寛
2017年 東京大学大学院 機械工学専攻 修了。
2019年よりnomenaに加入。
現在、東京大学大学院 情報学環 博士課程在学中。
3Dプリンティング一体成形により生物のように生まれるロボットのシリーズ「READY TO CRAWL」をはじめ、構造、機構のボトムアップと表現の両面から、これまでにない人工物の姿や動きを模索する。2016, 2017年 Ars Electronica(オーストリア)、2018~2020年 Prototyping in Tokyo(ブラジル、アメリカ、イギリス、シンガポール)、2019年 Art&Rock(フランス)、2019年 21_21 DESIGN SIGHT 虫展「READY TO FLY」(メカニカルデザイン)
右:藤井樹里
1996年東京都生まれ。
2021年東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程修了。
2021年よりnomenaに加入。
物理素材・現象を用いたインタフェース研究や作品制作に取り組む。これまでの作品・研究は、Ars Electronica(オーストリア)やSXSW(アメリカ)など国内外の展覧会やカンファレンスにて発表。2020年度 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)未踏IT人材発掘・育成事業に採択。