吉田村village

長く地域に親しまれてきた大谷石蔵の記憶と魅力を未来につなぐコンバージョン

慶野 正司アトリエ慶野正司

吉田村village

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

 農業を主要産業として生きてきた田舎集落「吉田村」は市町村合併でその名は今は無い。時代と共に活力ばかりか郷土愛も希薄になり不便さだけが残った。そこで地元で生きる有志がかつての元気なコミュニティを取り戻す「吉田村Project」を立ち上げた。地域の特徴である「農」をテーマに交流人口を増やす「アグリツーリズム」の環境づくりに取組み、そのハブ施設になるのが「吉田村village」である。そして地域コミュニティの拠りどころでもあった農協の撤退後に残された築80年を超える大谷石蔵倉庫に注目し、メイン施設として店舗+ホテルにコンバージョンした。
 時を重ねてきた大谷石蔵は地域のシンボル的存在でもあり、今もなおその存在感を放っている。計画にあたりその価値を最大限に活かすよう“ありのまま”の姿を可能な限り残し、今必要な機能に対応したデザインに留めることに心がけた。「大谷石蔵の歴史を未来に繋ぐ」がコンセプトである。
 しかし、組積造である石蔵は現行基準では構造的安全性を担保できない課題が最大の難関であった。そこで鉄骨構造体を内部に挿入し主要構造を組積造から鉄骨造にコンバートし、大谷石は構造材から外壁材へとその役割を移した。石蔵の歴史を繋いでいくことは今を生きる私たちの責任でもあるという考え方で、正に古く大切なものを使い続けていくために技術で支えたのだ。その他の課題は、工事中の石蔵倒壊への配慮、小さな開口しかない石蔵への鉄骨の搬入と建方、古い石蔵であるが故に続出した問題などなど。設計と施工の立場を超えコンセプトを共有できたことが礎となった。
 施設オープン後、多くの来訪者の笑顔と出会えたことで止まっていた大谷石蔵の鼓動が今また動き始めた。

計画当初のイメージスケッチ(作成:事業者・伊澤敦彦)吉田村village中心施設エリア(農協跡地)の活用イメージを事業者自らイメージスケッチを描き、プロジェクトメンバーの意識共有を図った。
計画当初のイメージスケッチ(作成:事業者・伊澤敦彦)吉田村village中心施設エリア(農協跡地)の活用イメージを事業者自らイメージスケッチを描き、プロジェクトメンバーの意識共有を図った。
既存施設模型を囲むプロジェクトメンバー(撮影:慶野正司)プロジェクトに参画した地元建築学生が<br />
作成した吉田村village中心施設エリアの既存全体模型と囲むプロジェクトメンバー(一部)。
既存施設模型を囲むプロジェクトメンバー(撮影:慶野正司)プロジェクトに参画した地元建築学生が
作成した吉田村village中心施設エリアの既存全体模型と囲むプロジェクトメンバー(一部)。
大谷石で作成した蔵全体のスタディー模型(撮影:慶野正司)基本計画において、イメージ強化のため<br />
大谷石(本石)を加工し、蔵の中の機能配置と空間把握を繰り返したスタディー模型。
大谷石で作成した蔵全体のスタディー模型(撮影:慶野正司)基本計画において、イメージ強化のため
大谷石(本石)を加工し、蔵の中の機能配置と空間把握を繰り返したスタディー模型。
工事中写真・建物倒壊に注意しながらの基礎工事(撮影:慶野正司)<br />
既存石蔵の基礎形状を現場確認しながら、注意深く進められた基礎根切工事の様子。
工事中写真・建物倒壊に注意しながらの基礎工事(撮影:慶野正司)
既存石蔵の基礎形状を現場確認しながら、注意深く進められた基礎根切工事の様子。

Question01

受賞作品の最後のピース(ジグソーパズルを仕上げるに例えて)はどこでしたか?

できるだけ“ありのまま”残すというコンセプトに基づき既存の大谷石蔵や隣接建物の残すところと変えるところとの見極めが終始一貫のテーマであり、最後のピースにあたるものは無い。

Question02

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?

「空間デザイン」、特に建築デザインは単に意匠ではなく人が使う場のデザインであることの認識が最も重要であり、人の振舞いや感情などその場での過ごし方をデザインすることである。その与えられた環境の中で地域や人に寄り添ってデザインする時間に最もダイナミズムを感じている。

Question03

空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

建築創造は、望まれる環境を創造することだが同時に多額を費やす経済行為でもある。空間の理想を追い求めつつも経済的視点が同時に求められ、様々な与条件の中で大切な一面である。このことは建築デザインする上で特に厳しく困難な仕事であるが、実はこれにもデザインのダイナミズムがあると言える。

Question04

コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?

コロナ禍で過去経験のない行動変容を余儀なくされた現代社会では、コミュニケーションは勿論、ライフスタイル、ビジネスモデルなどの変容が社会に定着してきた。これらはけっして一時避難的な現象ではなく、今まで成し得なかった将来の姿をコロナ禍が半ば強引に引き寄せてきたと考えるべきである。そのなか、そんな社会変容に伴う社会環境づくりにおいて従来のデザイン思考だけでは追従できず、時代に呼応した柔軟な考え方が求められる。

Question05

リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?

今日の社会では、情報通信・情報表現の手段は多岐に渡っている。これは言わば現代の産業革命とも言われている。歴史の中で例えば人の移動は徒歩から車両へ、さらに空へと進化と遂げその行動領域が変わってきた。その延長がバーチャルであり場所や時間を飛び越えた人間空間であると考える。このように両者は「融合」と言う言葉で示すような、けっして対立軸にあるものではなくリアルの延長上にバーチャル世界があると捉えると空間デザインがスムーズになる。

Question06

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

いつの時代においても人々の営みの環境をより良くするために空間がデザインされている。世間ではとかく「デザイン=芸術性」と特別なものと認識されがちだが、それはデザインが成すべき一端でしかない。人間社会の全てに渡りその利便性、快適性、公益性、経済性などを少しでも高めることこそデザインが成すべき役割である。

Question07

空間デザインの多様性について一言

空間デザインは、人間社会の全ての場に存在している。社会が多様化すればそれに合わせてデザインの幅も広がり、求められる環境には無数のデザインの解がある。住宅とか病院とか店舗とか建築デザインにおいては空間に用途(機能)があるが、「・・ってこんなもの」という用途の持つ過去からの既成概念を捨てて「何のための場?」という原理から空間を構築することでデザインに多様性が生まれる。

Question08

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

デザインは建築に限らずデザインする人の数だけ解答がある。自身の分野の勉強・研究することは言うまでもないが、デザインはデザイナー自身の世界観に大きく左右されるため様々な分野に興味を持ち、様々な経験を通して知見を高めることで、生み出すデザインに個性が宿るものと思う。

PROFILE

慶野 正司

慶野 正司

アトリエ慶野正司

(有)アトリエ慶野正司 代表取締役
国立宇都宮大学大学院 非常勤講師
国立小山高専 非常勤講師
(公社)日本建築家協会 理事


1957年 新潟県生まれ
1979年 関東学院大学工学部建築学科 卒業
1984年 アトリエ慶野正司 設立

受賞歴
グッドデザイン賞
キッズデザイン賞
こども環境学会賞 デザイン奨励賞
日本建築士会連合会建築作品賞 奨励賞
日本建築士事務所協会連合会建築賞 奨励賞
医療福祉建築賞
日本空間デザイン賞 銀賞
マロニエ建築賞
など