両国湯屋 江戸遊

風でそよぐ暖簾のようなファサードと、雲間に漂うお風呂のある北斎の世界観を投影した温浴スパ

久保 秀朗、 都島 有美久保都島建築設計事務所

両国湯屋 江戸遊

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

「両国湯屋江戸遊」は江戸東京博物館と北斎美術館の間に位置する、北斎通りに面した総合スパ施設です。江戸の湯屋をコンセプトにデザインされた既存の建物に、増築棟を建設して延床面積を2倍にし、一部既存内装を残しながら全面的にリニューアルしました。
北斎の世界をデザインに取り入れることを継承しながらも、江戸遊の「遊」という言葉のもつ、ぶらぶら歩きながら気ままに楽しむというコンセプトを強化するために、様々な居場所を巡りながら最大400人の来館者が楽しめる空間作りを目指しました。
ファサードのデザインは、白鼠色の清々しい暖簾が爽やかに風にそよぐ情景を想起させることを意図しています。北斎が好んだ江戸小紋柄に穴を空けたアルミパネルは、暖簾の縦のスリットが新築棟と既存棟のジョイントを打ち消すデザインで、隣り合う新館・旧館の2つの建物を一体的に見せています。ファサードにうがたれた青海波のパターンが上層階にいくにつれ、だんだんと消失していく様は、文様の細かさを競い合う江戸時代の人々の粋な世界観に通じます。都市的なスケールと、くぐるという身体的なスケールをつなぐことで、現代都市から江戸遊の世界へ入る体験をダイナミックにしています。
女性風呂は、漂う雲の合間にいるようなイメージのデザインを考えました。掛け湯からはじまり、高濃度炭酸泉、ジェットバス、水風呂など様々な種類のお湯を楽しく巡れるよう、それぞれ形の異なる雲形の浴槽には高低差もつけ、お湯ごとに違った風情を感じられるように計画しています。雲のような天井には、照明や排気口が組み込まれています。
光天井の庭を中心に4つのスペースからなるお休み処、岩盤浴やエステゾーン、以前の浴場の面影をそのまま残しながらコワーキングスペースとしての設えを整えた旧館の「湯work」など様々な機能を持ったスペースを、雁行した通路でつないでいます。
北斎のもつ世界観にインスピレーションを得ながら、現代的あるいは近未来から見た江戸の世界の構築を目指しました。

Question01

受賞作品の最後のピースは、どこでしたか?

北斎のもつ世界観をデザインに取り入れるというコンセプトから、ファサードのデザインは計画初期に決まりましたが、浴室のデザインには時間がかかりました。北斎の赤富士のタイル画をいれることが決まっていましたが、タイル画の中の雲を空間的なデザインに展開できないかというアイデアでインテリアの方針が決まっていきました。ファサードの世界観と浴室のインテリアとの調和、ストーリーの連続性を考えながらデザインの着地点を探りました。

Question02

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?

図面やCGで検討した空間が、工事が始まって実際に出来上がっていく過程が見られるのは緊張感もありますが、空間デザインの仕事の醍醐味だと思います。パソコンの画面や模型で見ていた形が、現実の空間となって立ち現れる瞬間に立ち会うとうれしく感じます。

Question03

空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

アイデアを実際に実現するうえで、予算や法規条件など様々な壁を越えていく過程はやりがいにもなりますが、時にたいへんなこともあります。デザイン案がスムーズに実現されることは稀で、建物の完成までには複雑に絡み合う諸条件や、さまざまなハードルを超えていくために地道な作業を積み重ねます。

Question04

コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?

人と人との距離感をつくるデザイン、換気計画のデザインなど空間デザインがこれまで実践してきたことが社会の役に立つ時だと思います。私たちは清潔感や自然換気、音環境など機能的な側面から建築の形をデザインした作品をこれまで多く設計してきたので、デザインの力で社会に役立つ場面が今後も益々増えてくるのではないかと感じています。

Question05

リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?

設計過程におけるバーチャル空間の利用はこの10年程度で大きく進歩しました。私たちの事務所でもBIMを取り入れ、2次元の図面と3Dのバーチャル空間を行き来しながら設計を進めています。設計の手段だけでなく、設計デザインの手法として、現代のさまざまなテクノロジーを用いることで、これまでには考えられなかったような発明的なデザインがうまれるため、分野の異なるスペシャリストとのコラボレーションには可能性を大いに感じています。

Question06

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

空間デザインによって、そこで過ごす人たちの振る舞いや、心持ちが変わるという経験をしたことがある方も多いと思います。たとえ小さなデザインであっても、それを使う人、そこで時間を過ごす人を一つの生態系と捉えることもできますから、その生態系の中で波紋のように、晴れやかで穏やかな気持ちが広がっていくことを想像しながら設計をしています。

Question07

空間デザインの多様性について一言

嗜好やライフスタイル、家族構成の多様化、インターネットの普及による新たな価値観の普及など、これまでとは比較にならないほど急速に多様化する社会に柔軟に対応できる空間デザインが求められています。建築物は数十年単位という長期間に渡って使用されるため、多様化する社会へのスピード軸とは次元が異なり、最新の技術や流行を取り入れ設計しても実際に竣工する頃にはもはや最新ではなくなっているという事もありますが、設計の理念が広く深く社会の根底に響くものであれば常に人々に共感を得て愛される存在になると考えています。特定の時代性をあまり感じさせない、滞在する人・使う人が自分にとって居心地の良い場所を見つけられるような余白のある空間をデザインしていきたいと思っています。相対して、インテリアデザインの改修サイクルは例えば商業施設では数年程度で行われることが多く、デザインも時間軸の枠組みを外した実験的な試みが可能なため、建築物とはまた異なる立ち位置から取り組むことができ、面白味を感じています。

Question08

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

デザイナーの仕事はチャレンジングでやりがいのある仕事です。空間体験を重ねて身体的な感覚を養うことが大切なので、普段の生活の中でも美術館、カフェ、レストラン、ホテルなどお気に入りの場所を増やしていくとよいと思います。

PROFILE

久保 秀朗、 都島 有美

久保 秀朗、 都島 有美

久保都島建築設計事務所

1982年生まれ。東京大学(久保)、九州大学(都島)大学院在学中より共同で設計を始める。ベルギーのSint Lucas Architectuur 、設計事務所勤務を経て、2011年久保都島建築設計事務所を設立。
主な受賞に、日本建築学会作品選集 新人賞(2017)、AR AWARDS
入賞( 2016)、 JCD DesignAward金賞(2016)など。