雄勝硯伝統産業会館
過去、現在、そして未来に変わらず在り続ける、雄勝の美しき文化を伝えるミュージアム
橋本 旬平丹青社
応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください
本施設は国指定伝統的工芸品である石巻市の雄勝硯のミュージアムです。雄勝地区で採れる玄昌石を雄勝石と呼び、その雄勝石で作る硯が雄勝硯です。『玄』は黒、『昌』は美という意味を持ちます。まさに黒くて美しい雄勝石で作られる雄勝硯は、600年以上昔より銘硯として賞美されている工芸品です。雄勝硯を展示する旧雄勝硯伝統産業会館は、地域に愛され、古くから伝わる雄勝の文化と共に、大切に守られ続けてきた施設でした。
2011年3月11日、東日本大震災により宮城県石巻市雄勝地区は壊滅的な被害を受けました。旧雄勝硯伝統産業会館も津波によりほぼ全壊し、施設内にある工芸品、書物も津波に流されました。しかし、この雄勝の地でずっと守られ続けられてきた「雄勝の文化」は決して失われてはいません。私は「雄勝の文化」を、雄勝石特有の重厚な美しさを持つ雄勝硯の工芸文化、そして硯により支えられてきた軽やかな文字の美しさを持つ書道文化と捉えました。この2つの文化は、震災を経た現在も未来永劫変わらず、雄勝の地に美しく在り続けると後世に伝えることが私の責務であると思いました。
思考の過程、実現のためのプロセス、制作過程、問題・解決
東日本大震災を経て再び生まれ変わる施設として、不変的な「雄勝の文化」を感じる空間を目指しました。アイデアのきっかけは雄勝硯を製作する職人さんの工房を訪れたときに目にした、雄勝石の加工の際に生じた石の端材や建材としては使わなくなった雄勝石スレートでした。私はこれらに対し余勢を感じ、展示室内のサイン計画に用いることに挑みました。それと同時に雄勝石が採れる雄勝の山へ登り採掘をおこない、雄勝石と徹底的に向き合い、デザインを試行しました。
こうして、使用しなくなった雄勝石スレートをコーナーサインに、そして採掘した雄勝石をキャプション台として使用する計画としました。古くから雄勝の地で工芸文化を生み続けた原石を展示室内にサイン計画として生まれ変わらせることで、地場で採掘した石の産声が空間に響き渡り、不変の大地から語り掛ける雄勝のミュージアムを実現させました。
制作過程での出会い、発見、等・・・
私にとって、原点であり最大の出会いは、なんといっても「雄勝硯」そのものでした。「スズリ」を「硯」と漢字で書けるかどうか怪しい程だった私がこの仕事に携わらせていただき、雄勝硯との出会いによって、様々な魅力に気づかせていただきました。筆、墨、硯、和紙。これらは文房四宝と呼ばれ、それぞれの職人が丹精込めて作り上げた工芸品です。それらを使って書家が書き上げた作品は、日本の文化として世に発信されます。つまり硯は、世界中を魅了する日本文化を形成する上で、必要不可欠な文化的価値を有する大事な工芸品なのです。
もうひとつの出会いは、石巻市の皆さま、雄勝硯生産販売共同組合の皆さま、プロジェクトメンバー、協力会社の方々です。たくさんの方々の支えがあり、雄勝硯伝統産業会館は、無事に開館し、ありがたいことに賞をいただくことができました。前述までの空間に対する思いは、私自身の思いでもあり、本案件で関わってくださった方々の思いでもあります。
Question01
受賞作品の最後のピースは、どこでしたか?
展示物のキャプション台の制作です。博物館や資料館では、展示物に対して名称や説明文を記載したキャプションを添えることがあります。前述の通り、キャプション台は雄勝硯の原料ともなる「雄勝石」を使用しました。職人さんに案内いただき石の採れる山へ登り、採掘した雄勝石を地域の雄勝硯の職人さんに加工いただき、キャプション台を制作しました。(完成品はシンプルですが、垂直ではなく斜めにスリットを入れる加工は、繊維に沿って割れやすい雄勝石にとって難易度が高く、色々な手法で失敗を繰り返し制作していただきました。)試行錯誤の末、完成した瞬間は地域の方々・地場の資源・私自身がデザインによって1つに繋がり、目指すべき展示空間の在り方に仕上がった感覚を覚えました。
Question02
空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?
図面を書く事です。作図中は、チラシの裏紙に幻想世界を夢中で描いていた幼少期に近い感覚です。しかも大人になった私は幻想で留まることなく、図面は現実の空間に現れます。1本の線が壁として立ち上がるのです。これは幸せなことでありながら、資源やお金を使う分、恐ろしいことでもあります。したがって私は図面に対し、説明義務を課し、言語化を意識しています。線に意味をもたせ、デザインをしたいです。デザインの語源のひとつに「作図」という意味があるように、平面的図面に対して慮る懐古的思想を残しつつ、近年普及しているBIMなどを使いこなしていきたいです。
Question03
空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?
空間は儚さ故の寂しさがあります。良くも悪くも寿命が存在し、時と共に風合いが変化します。経年により生み出される空間独特の艶も含めて愛される空間づくりを目指したいです。
Question04
コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?
世界はだれもが予想していなかった事態となり、目まぐるしく変わる世の中の状況に適応し、今までとは違う生活様式を要すこととなりました。私自身も生活は一変し、在宅ワークを基本とし、日々の生活を送っています。コロナ禍以前は、毎日9時までにオフィスへ行く。12時になると1時間休憩し、再び仕事を始める。夜になると仕事を切り上げ、家に帰り夕食、風呂をすませ、寝る。しかし、この疑いもなく繰り返してきた毎日は、今まで先人から引き継がれてきた単なる常識に過ぎませんでした。12時に必ず昼休みをとる必要はありません。そもそも1時間休憩する必要はないかもしれないし、2時間休憩した方が午後の仕事が捗るかもしれません。夕暮れ時に一度仕事を切り上げ、近所へ散歩に出かけてもいいし、歩いていて急にアイデアが思い浮かんだらまた仕事を再開する、といった働き方も考えられます。在宅ワークになったことで疑いもなく過ごしていた毎日を一度見直す機会となりました。同時に、この「見つめ直す思考」にデザインの可能性を感じました。社会を築き上げていくひとりとして、常識のレンズを一度取り払い、疑いを持ち、再考することで、より豊かな方向へ導くことができると実感しました。そのために、まずはあらゆる事象が取り巻く社会に寄り添い、そして新たな角度から可能性を模索し続けるべきであると思います。ある日の自宅での仕事中、「そもそも仕事をする環境において机と椅子が最適解か」と思い、ベッドで寝ながらやってみたところ、リラックスしすぎて作業はまったく捗りませんでした。トライ&エラーの毎日はこれからも続きます。
Question05
リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?
リアルかバーチャルかを、物質的か非物質的かと捉えるならば、物質特有の情緒や匂い、肌感覚をバーチャルで感じることができると融合に近づくのではないかと思います。また人と人に対して、対面的か非対面的かで捉えるならば、対面で感じることのできる表情や動作の機微を捉えることができれば融合に近づくのではないかと思います。それに加えて、地球上に存在する元素で構築された物質とは違った、今まで存在しえなかったニュー・マテリアルや、今まで容易にコミュニケーションをとることのできなかった地球の裏側のジャングルの奥地に住む人と気兼ねなく会話ができるニュー・コミュニケーションを実現できれば、新たな空間デザインの拡張に繋がるかもしれません。
Question06
空間デザインで社会に伝えたいコトは?
私は現在、主に博物館や資料館の設計をさせていただいています。仕事をいただいてから、その地域の文化や歴史、自然等に触れることで、多大な魅力に気づき、今まで知らなかった美しき文化的価値に気づかされることがあります。その価値を空間デザインによって呼び起こすことに全力を注ぎたいです。そのために私は真摯に地域に向き合い、地球上に在る八百万の美をひとりでも多くの人に届けたいです。
Question07
空間デザインの多様性について一言
空間は人の感情を動かす力を持ちます。そして空間は、複雑で、シンプルで、重たくて、軽やかで、大胆で、繊細で、険しくて、奥ゆかしくて、そしてリアルで、バーチャルで。ものすごく多様で個性的です。人は2000種、またはそれ以上の感情の種類をもつと聞いたことがあります。そんな多様な感情の分、空間の在り方も膨大な可能性が広がることを想像すると、空間デザイナーとしてワクワクします。
Question08
空間デザイナーを目指す人へのメッセージ
空間デザインは多様です。多様な分、みなさんがどのように社会に訴えかけたいか、信じた道を進むべきだと思います。私も私が信じる道をより磨き上げ、貫き通せるよう努めてまいりたいと思います。また、デザイナーは体と心が資本です。どうか健康で文化的な生活を送ってください。
PROFILE
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橋本 旬平
丹青社
静岡県富士市出身。
2018年丹青社入社。
地域に向き合い、文化的文脈を掘り起こすことで、空間デザインの意味と価値を高めることに注力している。主に博物館や資料館などのミュージアムや文化施設を手がける。